2008年01月20日

どうしたら (2)

老化して来る指を保護するのは毎日使う事である。

ゆっくり、のんびり、美しくとは、吹く時に楽器吹奏に関する全ての事、姿勢・アンブッシャー(くわえ方)・指の動かし方・音色・音程への気くばりなど考え、感じるトキを稼ぐためである。早いパッセージならそれを仕遂げてからスピードアップすればよいのであって、最初からやれば必ずボロボロになるのである。

毎日吹く事(少量でも)によって亀さんの歩みではないが少しずつ前に進めるのであると思ってる。私の経験からでも(勿論今でも)確信を以て言える事である。食う事と一緒で一食か二食ヌいてあとでドカーンより、毎食々々キチンと食べる、と一緒と言えば分かり易いかな?

或る日突然ウマくなれるならむしろ私が聞きたいもの。兎と亀ではないが年を至る事ごとにこの考え方をマスターすれば左程の後退をしないで現在地に留まるか、尚前進するかであろう、と今は確信している。

posted by 藤家虹二 at 23:58 | TrackBack(0) | 日記

2008年01月19日

どうしたら (1)

昨年、11月17日、初めての静岡ライブを行った。私とピアノ、ベースのトリオでである。

80人で一杯の小さなそれでも上等なホールであった。全て生音(ナマオト)で語るも頼りないマイクレス。いったいこんな景色はクラシックの場合ならいざ知らず何年振りだろうか?すみずみ迄一瞬たりとも気の抜けない演奏としゃべりであった。マイクがあればその響きを残してスッと息を抜くスベも心得ているのだが矢張り呼吸は苦しかった。

一人のファンの女の子が走り回って仲間と一緒に実現したライブであった。

大成功で“ありがとう”であった。

その打ち上げで元自衛隊航空隊のメンバーで今もクラリネットを吹いているオジさん2人に“どうしたらうまくなれる?”と言われた。いつもの答しか出ない。20分でも30分でも何とかして毎日吹く事。楽器に接して吹く量をキープする事。どんな練習でも「ゆっくり、のんびり、美しくつとめる事」と言っておいた。これホントの事。

posted by 藤家虹二 at 03:27 | TrackBack(0) | 日記

2008年01月18日

情けない日々

御存知のようにテレビをつけると連日殺人事件のニュース、食品の偽装の展覧会絵図、ダラシない政界・官界のスキャンダル(と言っていいだろう)、どこにも明るい物が無い。

“年金保険”や“テロ特法”、中でも悲惨なのがC型肝炎のニュース。だらしない政治家と木っ端役人、金儲け一途な薬屋。私の亡妻もC型肝炎から肝不全に移行しての結果である。病院そのものもすでに消滅してしまってるし、四十数年前の帝王切開の輸血と推定出来ても何も残ってない。いわゆる“腹も立たねえ”なのである。現在死と直面してる患者諸氏はまさに哀れそのもので誰にもその哀しみをぶつけられない所にやるせなさを感じる。

いつから日本はこんな情けない国になったのだろう。

C型肝炎は殆どが死に至るといわれている。政治の無い、政治家のいない国では致し方のない事を歯ぎしりするしかないのである。もう情けないを通り越してバカバカしい限りである。

posted by 藤家虹二 at 06:51 | TrackBack(0) | 日記

2007年10月25日

最近気に入らない事ども

ニュース番組は比較的よく見る。

政界の話題は実にツマらないの一語につきる。何十年同じ事を繰り返したらいいのか、前途はまっ暗。手めえ達の不始末は何も尻拭いしないで増税のみが正しいとのたまわっている。時代劇時代と何も変わっていない。これぞまさに税金の無駄。世界で多分最も議員が多いのではないだろうか、それと木っ端役人達。歳出削減はまずここからではないの?

それと最近心痛いのは連日の殺人事件ニュースの多さ。“耐える”という日本人の美徳はどこに?

私達は二言目には“ガマンせい”であったし、いわゆる“キレる”というのと“頭にくる”は根本的に違うと思う。よく考えてみれば、教育の中で情操教育が無くなってるのを御存知か?音楽とか美術とかは確かに受験勉強のタシにはならないだろうが、美しいものを求める心というものをもっと授業の中に多く取り込んで欲しいと思うのである。

posted by 藤家虹二 at 00:45 | TrackBack(0) | 日記

2007年10月24日

快適

去る10月7日、横浜ジャズプロムナード開幕コンサート。久しぶりにリード、リガチャー、楽器それに体調が揃っていいコンディションであって、気持良く演奏できた。

前日仕上がった楽器の調整・マウスピースのジョイント部分の修理。預けておいた間、昔30数年使ってたセルマー・オメガでトレーニングしてたので微妙な指使いの誤差が心配であったけどそれも克服。新しくつけたピンクゴールドのリガチャー、ゴールドのクラリネットは益々ド派手になり、音もよく鳴って気持の良いコンサートになった。音の鳴りを最も気にするスローテンポの曲も自分の耳に心地良く響く時というのは快感である。

我と吾が音に聞き惚れたのは何年振りか?実にいい気分のコンサートであった。

これがいつ迄続くか?が問題である。湿度も低かった好天も味方したに違いない。まあどうせ吹くならこんな具合にいきたいものと痛感した一日であった。

posted by 藤家虹二 at 23:44 | TrackBack(0) | 日記

2007年10月23日

リード、この厄介なもの

リードを選ぶ作業は2〜3時間位かけて数枚を選び出すことにしている。

“これはいい”と思うモノを選び出して順次使っていく訳であるが、その時点で気に入ってるものも、仕事で使う段になるとまるでイメージが違ってる場合が多々ある。このあたりが“悪女の裏切り”と言える所以であろう。自分の頭の中にある音色のレベルに達するか、体力に合ってるか、音のバランスは?など色々な事を考えてしまうのである。

人はいざ知らず私の場合リードが口になじむ事も必要で、たっぷり吹いたあとで仕事に使う事にしてるが、人によっては本番中に新しいリードに取り替える人もいると聞いてビックリ。恐くて私にはとても出来ない事。こと程左様にリードという奴死ぬ迄つき合う相手であって少々難儀な奴でも女房の方が楽かも知れない。

たかが葦の茎の一部分(南フランス産がよいとされてる)のリードにこんなに悩まされるとは!!

posted by 藤家虹二 at 23:40 | TrackBack(0) | 日記

2007年10月22日

リード、この性悪女め

結局は生涯のつき合いになったのであるリード。

考えてみれば60何年前初めて楽器を手にした時リードの存在すら知らなかったし、教えてくれる人も囲りに居なかったという笑い話のようなスタート。以来実に60年のリードとのつき合い。

本当に満足する状態のリードに出会えたのは何回位かな?とも思う程ピッタリくるのは少ない。たまにあったと思いきやステージでなど人前で吹く段になると簡単に裏切ってしまうし、快調に鳴ってると一見熱演してるととんでもない時に腰砕けになってしまったりとつき合いの難しい性悪女のようなもの。思いを裏切ったり、いい顔してる(材質の表ヅラ)と思ってもウンもスンも言わない性悪女だったり、随分長い間困って来たものである。

色の黒い奴白い奴どっちがいいかも結局未だに何も分かってはいない。いわゆるよく中身の分かんないヤツなのである。実際にマウスピースにつけて吹いてみなきゃ分からないのである。その代わりピタッと来た時の快感はまた得も言えない。

posted by 藤家虹二 at 00:07 | TrackBack(0) | 日記

2007年09月18日

ヤジ馬繁盛話

ヤジ馬という尻尾の無い馬である私にとって興味津々のトキがやって来た。

故あってか無くてか現職総理大臣が最高のタイミングで政権を放り出してしまったのである。前代未聞な事である事は言うに及ばず、男としてついているべき前後を見分けるシルシの無いヤツと言われても致し方の無い所であろう。外遊先のインドでは極東裁判で被告全員に無罪を主張したパール判事の親族に日本人は彼をみんな尊敬してるとのたまわった。さすがA級戦犯の孫と唖然としたものである。

ま、そのA級戦犯が40年后には総理大臣をやる国だから大して驚きもしないが。

そんな男が戦勝国アメリカと“アンポ”を作り上げてしまうに至っては論外。ドイツでは絶対考えられない。リリーマルレーンを作った作曲家までナチスに味方したと終生印税没収されてる現実(“音楽の旅はるか”で取材して来た)と比べてみてもその差は歴然。

総理の退陣のあとの騒ぎも又ヤジ馬の血を騒がす愚かな芝居の一幕を見た。ヤレヤレ。

posted by 藤家虹二 at 18:25 | TrackBack(0) | 日記

2007年08月31日

トシ取った?

トシを痛感したこの一週間余り。

8/18の内幸町ホールでのチャリティコンサート、吾が身にプレッシャーを掛けるプログラム(これは毎回のコンサートも同様)を作り、終わった時はそれ程でも無かったが翌日ドカンと来た。2時間余りの立ち作業でヒザに疲れが来る。これトシの証明。

8/25、8/26はライブと日比谷でのサマージャズ。マーサ三宅と北村英治をゲストに迎え、お盆は過ぎたが鈴木章治に陰膳という意味合いから鈴懸けの径などを交えて和やかに30分余り、最后は主催者の要請でペギーとブルーコーツの曲に北村と共におつき合い。居残り残業をして、矢張りくたびれた。

真夏・トシ・身分不相応な吹奏量どれをとってもアトでガクンという感じの一週間余であった。前回、前々回で約束したリードの話は次回に持ち越しです。「生存確認」のサマージャズも段々と歯が欠けるように淋しい感じもする。控え室の雰囲気もずいぶんと変わったように見受けられる。

posted by 藤家虹二 at 00:18 | TrackBack(0) | 日記

2007年08月30日

リードと楽器 (2)

現在私の持ってるクラリネットは9本。何もそんなに沢山、と思う人もいるかも知れない。

でも問題は中身。セルマーが我が国に初めて入って来た時のモデル(師匠大橋章夫さん=ハッポさん=の遺品)、センタードトーンのセルマー・オメガ(彫刻入り=28才より30数年使って来たもの。因みにアルバムの中のウェーバーの小協奏曲、リゴレット・ファンタジーはこの楽器を使用。)、他にルブラン(メチャ鳴る)、シグネイチュア・ミレニアムモデル(ゴールド=現在使用中)レシタルのABセット、サンルイ等々何れも逸品揃いと自負している。他にA管(セルマー シリーズ9=ブラームスに使用)。他にもあるが死后どう遺品分けをしたら?それともさっぱりと火葬場で一緒に焼くかとも思ってる。

リードに至っては次に機会を改めて書いてみたい。8月18日のコンサートで悩んだリードの事にも触れてみたい。この事、クラ吹きの最大にして永遠の悩みのタネに他ならないから。

posted by 藤家虹二 at 23:56 | TrackBack(0) | 日記